水の音


これは数年前のGWのお話。
男5女5のグループで富士山の近くにある山梨の富士五湖に泊り掛けで遊びに行く事になった。
最初はテントで寝泊りするような本格的なキャンプにする予定だったのだが男性陣の中に経験者がおらず断念。
結局は富士五湖の近くにあるコテージを2つ予約してそこに泊まる事になった。
本当は10人とも一緒に泊まれる大きめのコテージを借りたかったのだがGWと言う事もあり殆どが予約で埋まっており選択の余地が無かったのである。

そしてGWの初日。
車3台を走らせ富士五湖へ向かった。
昼は湖で遊覧ボートに乗ったり自然の中をドライブしたり夜はバーベキュー、花火で盛り上がった。
何だかんだ遊んだり話したりしている内にあっと言う間に時間は過ぎていった。

深夜1時頃になり各自それぞれのコテージに戻り寝る準備をした。
コテージの近くには川が流れていた。
川沿いのコテージが女性陣グループの泊まるコテージ、川から離れたコテージが男性陣が泊まるコテージだ。
コテージには和室の部屋がありそこに布団を敷いて寝るのだ。
電気を消して、さぁ寝ようと布団に入った矢先に玄関のドアをノックする音が聞こえてきた。
玄関に行ってみると仲間の女性2人が玄関前に立っていた。
どうしたのかと聞くと彼女達はこう答えた。
「何だかあっちのコテージが嫌なの…」
話を聞くと彼女達はあっちのコテージで寝るのが嫌だと言う。
「え!?男女入り混じって寝たいの!?」
などと私達が茶化すと彼女達は顔を横に振った。
「あっちのコテージ、何か変なの。」
と彼女達は言う。
「変って何が?」
と聞いても彼女達自身も何が変かまでは説明ができないのだ。
疑問を残しつつも男性陣と女性陣のコテージを交換しようと言う事で全員が合意した。

そして荷物を持って今まで女性陣がいたコテージ、つまり川沿いのコテージに移動したのだが…
そのコテージに入った瞬間に確かに何か妙な感覚がした。
そのコテージには何度か出入りはしているが彼女達の話を聞いた影響か、この時初めてその妙な感覚に気付いたのだ。
川が近いからか今までいたコテージより少しひんやりしている…しかし私の言う妙な感覚とは温度の違いでは無い。
何と言うか…私達以外の得体の知れない気配を感じるのだ。
彼女達の言っていた「何か」はこの気配の事なのだろうか。
確かにこのコテージには何かありそうだ。
しかしこの時点ではそれが何かは分からない。

荷物の移動も終わり私達男性陣は布団の敷いてある和室の部屋に集まった。
今まで女性が寝ていた乱れた布団に入る事でみんな少し興奮気味だった。
寝る事も忘れてちょっとしたエロ話や恋愛話で盛り上がった。
何だかんだ話をしている内に2時過ぎになってしまった。
そろそろ寝ようと言う事になり各自布団に入り電気を消す。
和室6畳ほどの部屋に男性5人、布団同士の隙間はまったく無い状態である。
私は妙な気配の事も忘れてすぐに眠りに付いた。

どれ程の時間が経っただろうか。
ふと私は目が覚めた。
どうやら友人のイビキがうるさくて目が覚めてしまったみたいだ。
「ヒュー、ガー。ヒュー、ガー。」
大きなイビキが聞こえてくる。
「ヒュー、ガー。ヒュー、ガー。」
そのイビキはかなりうるさく気になって眠れない。
「ヒュー、グァー。ヒュー、グァー。」
…よく聞くと妙に苦しそうなイビキだ。
「ヒュー、グァー。ヒュー、グァー。ピチャ…。」
…?
「ヒュー、グァー。ピチャ…。ヒュー、グァー。ピチャ…。」
……何の音だ?
友人の苦しそうなイビキに混じって何か水が落ちるような音が聞こえる。
「ヒュー、グァー。ピチャ…。ヒュー、グァー。ピチャ…。」
台所の水道の蛇口が緩んでるのだろうと思ったがどうも台所から聞こえてくる音では無い。
「ヒュー、グァー。ピチャ…。ヒュー、グァー。ピチャ…。」
友人のイビキが聞こえてくる方向からその水の音も聞こえてくる。
どうもその音は私達が寝ている部屋の中から聞こえてくるのだ。
この部屋に水などは無いはずだが…。
缶ジュースなどの飲み物は全て台所に置いてあるはずだ。
私は不思議に思い目を開けてイビキの聞こえてくる方を見た。
月明かりを頼りに音がする方に視線をやった瞬間…!
私は信じられない光景を見てしまったのだ!
全身がびしょびしょに濡れた浴衣姿の女性が一番隅で寝ている友人の体の上に乗っかかっているではないか!
その女性の濡れた浴衣、濡れた長い髪から滴り落ちる水が 「ピチャ…。ピチャ…。」 と音を立てていたのだ!
そしてその女性は友人の首を絞め付けているのだ!
「ヒュー、グァー。ヒュー、グァー。」
寝ているのか起きているのかその友人は唸り声を上げている!
とっさに私は起き上がって照明を付けようとしたが体が動かない…!起き上がる事も声を上げる事もできない!
目を背けたかったが友人が首を絞められている状況で目を背けるわけにもいかなかった。
「ヒュー、グァー。ヒュー、グァー。」
友人は唸り続けていた。
どのくらいの時間が経っただろう…暫くすると彼女は友人の首を絞めるのをやめた。
そして彼女が立ち上がったかと思った瞬間…!
ギョロリと恐ろしい形相で私を睨みつけてきたのだ!
あまりの恐怖に目を逸らそうとしたが体がまったく動かない!
手足を動かす事はおろか、目すら閉じる事もできない!
彼女が私の方に体を向け…そしてゆらりゆらりと近づいてくる…。
私は意識が遠くなるのを感じた…。

どこまで意識があったのかは分からないが私は途中で意識を失ってしまった。
朝、目が覚めると私を含め男性陣全員が声を嗄らしガラガラ声になっていた。
そして全員の掛け布団や枕の至るところに水が染みていたのだ。
「ここ…ヤバいな…。」
「ああ…ヤバい…。」
あの女性の姿を見たのは私だけだったようだがそこに泊まった全員が得たいの知れないものの存在に気が付いていた。
次の日は男女共に川から離れた場所にあるコテージで寝る事にした。
旅行を台無しにするわけにいかないので女性陣には体験した事は一切話さずに半ば強引に納得してもらった。
男性は台所と玄関辺りに布団を敷いて寝る事になり私はトイレの前の廊下で睡眠するという少し惨めな旅行になった。
そして二泊三日の旅を終えて私達は帰路についた。

結局、あの女性が何者だったのかは分からない。
彼女の全身が濡れていた事から近くに流れる川が関係していると思われる。
宿泊客の女性が水難事故で命を失い今も成仏できずにいる…などと考えるのが一番自然な想像ではある。
見ず知らずの私達全員の寝首を絞めるくらいだから生前の思考など完全に失い悪霊と化しているようだ…。
自分の不幸を呪い成仏できない霊にとっては他人が楽しむ姿は妬みの対象以外の何物でもないのかも知れない。
この体験以降、旅行中に妙な気配を感じたらかなり警戒するようになった。

詳細を明かす事はできないが今でもこのコテージは存在している…。



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