悪夢


ある日、一本の電話があった。
小学校の頃の同級生のHさんが自殺したとの訃報だった。

Hさんが自殺する半年前、私は彼女と会っていた。
彼女とは地元の同窓会で十数年ぶりに再会し、その時に連絡先を交換し合った。
その後、何度か電話で連絡を取り合い、今度二人で会おうと言う話になった。

そして、Hさんとの約束の日。
日が暮れた頃に駅前で待ち合わせ、近くの居酒屋で軽く酒を飲み交わした。
その後、近くの公園のベンチで語り合い、小学生時代の思い出話に花を咲かせた。
気が付けば十二時を過ぎ日付が変わっていた。
「Hさん、そろそろ帰らないと。こんな時間だし、家まで送っていくよ。」
「有難う。あ、あのね、最後に聞いて貰いたい話があるの。」
「うん、いいよ。話って?」
もしや愛の告白かと期待するも、彼女の顔を見るとどうやら違ったらしい。
彼女は深刻そうな顔をしながらある夢の話を始めた。
「一年くらい前からね、変な夢を見るようになったの。」
「変な夢って?」
「夢なんだけど現実なのか夢なのか分からない…。とても怖い夢。」
「詳しく聞かせてもらえる?」
「うん…。」


彼女は一年程前から毎晩毎晩、必ず同じ夢を見るようになり始めたと言う。
その夢は必ず、同じシーンから始まる…。

気が付くと暗闇の中、一人でぽつんと立っている。
部屋の中なのか外なのか分からない、周りは見渡す限りの闇、闇、闇。
そんな闇の中、ただ一つだけ視界に写るものがある。
遠くの方で男か女か分からないが、誰かがこっちを見ている。
その人は棒立ちしたまま、手でボールをついている。
手の平でポーンポーンと手毬をつくようにボールをついている。
声を掛けるが反応は無く、その人はただただボールをついているだけ。
よく見ると少しずつだが、その人は近づいてきている。
歩いている素振りは無いが、確かに少しずつその人は迫ってきている。
近づくにつれて次第にその人の顔がはっきりと見えてくる。
濁った褐色の肌、大きな吊り目、ツルツルの頭、男か女か分からない。
ギロリと見開いた目で恨めしそうにこっちを睨みつけている。
怖くなって逃げ出そうとするが身動きが取れない。
声も出なくなっていて、それから目を背ける事もできない。
少しずつ近づくその人をただ眺めている事しかできない。
その人はゆっくりゆっくりとボールをつきながら迫ってくる。

そして、ある事に気付いてしまう。
今までその人がついていたのはボールだと思っていた。
でも、よく見るとあれはボールでは無い…
あれは私の頭だ………
口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ
口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ
口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ
ここで夢が終わる。
恐怖で目を覚ますからだ。
全身汗でびっしょり濡れている。
同じ夢が毎晩毎晩続く…。
安眠を妨げる…。

そして、ある晩、彼女は見てしまった。
いつものように悪夢で目を覚ます。
何気なく部屋を見渡すと…
部屋の隅に夢で見た人が立っている。
夢の続きなのか、現実なのか…
分からないまま恐怖で意識を失う。
そしてまた同じ夢を見る…。
恐怖で目を覚ます…。
部屋の隅に夢で見た人がいる…。
さっきより少し近づいている…。
また意識を失い、悪夢で覚める。
目を覚ます度に近くなる…。
朝まで悪夢は続く…。
口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ
口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ
口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ口兄ιゝ
これが別れ際に彼女から聞かされた夢の話である。
何故、彼女は私にこの話をしたのだろうか…。

彼女の話を聞いた夜、私は彼女の見た夢と同じ夢を見た。
印象の強い話だったので夢に見てしまっただけかも知れない…。
毎晩では無いが、今でもたまに同じ夢を見る事がある。
もしかしたら、この夢は伝染するのではと一抹の不安を感じた。

私は彼女のある言葉を思い出した。
夢の話を終えた彼女は最後にこう言った。
「話を聞いてくれて有難う。これで私も少し楽になる。」
その時は気にも留めなかったが、彼女は確かに「楽になる」と言った。
会話の流れ的に「楽になった」と言うなら理解できる。
後になって彼女のその言葉の言い回しの不自然さが気になった。
その後、彼女に連絡を取ろうと電話したが、彼女が電話に出る事は無かった。
そして、半年後に彼女が自殺したとの訃報を受けた…。

果たして彼女は夢が伝染する事を知っていて、私に夢の話をしたのだろうか。
私に夢を伝染させる事で、彼女は自分が少しでも楽になると考えたのだろうか。
彼女が亡くなった今となってはその答えを知る術は無い。

この夢、あなたには伝染するのだろうか?
きっと、それが答えなのだろう。



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