数年前の夏の夜、吉祥寺の某デパート○井で体験した話。
普段、新宿の○井を利用していて吉祥寺には来る事は無い。 その時はたまたま近くに来ていたので何気無く寄ってみただけだった。 吉祥寺の○井に立ち寄ったのはそれが最初で最後である。 入口の案内を見ると、私のよく購入しているブランドは7階にあるらしい。 8階建ての7階なので私はエレベータを利用する事にした。 平日だからか土地柄か、夜だと言うのに客は殆どいなかった。 エレベータには私一人で乗り込んだ。 私はエレベータに乗って7階のボタンを押す。 扉が閉まりエレベータが上昇する。 2階………3階………4階………5階………6階…… もうすぐ7階だ。 7階……… 『ん?』 止まらない。 …8階。 「チーン」 最上階まで来てしまった…。 間違い無く私は7階のボタンを押した。 7階のボタンのランプが点いているのも確認した。 しかし、8階に着くと7階のボタンのランプが消えてしまった。 エレベータの故障だろうか? 今思うと、この時点で降りてエスカレータで7階に行けば良かったのだが… しかし、既にエレベータに乗ってるのだからエレベータで移動しようとするのが普通だろう。 7階のボタンを押す。 扉が閉まる。 エレベータが下降する。 ……7階………6階… 『え?』 また通り過ぎてしまった。 7階のボタンのランプは点いたままだ。 訳が分からない。 1階まで戻られては堪らない。 急いで5階と4階のボタンも押す。 5階………4階………3階…… またしても全て無視されて通り過ぎる。 何なんだ、このエレベータは。 もう諦めて1階に戻るしか無さそうだ。 2階………1階……… 『え!?』 1階も通り過ぎてしまった。 エレベータは更に下降する。 地下1階………地下2階。 「チーン」 階数の表示は地下2階を示してエレベータは止まる。 最下層まで来てしまった…。 エレベータの扉が開く。 扉が開くとそこは灯り一つ無い真っ暗な空間だった。 エレベータの灯りに照らされて目の前に剥き出しのコンクリートと鉄の扉が見える。 無機質なその空間は客が来る階では無い事はすぐに分かった。 ここは搬入用の階だろうか? この階に人の気配はまったく無い。 真夏だと言うのに冷たい空気がエレベータに流れ込んでくる。 心なしか流れ込んでくる空気がひどく重く感じる。 何となく嫌な気配がする階だ。 当然ながらこんな階に用は無い。 私はすぐさまエレベータの扉を閉めるボタンを押した。 しかし、エレベータの扉は途中まで閉まるとガタンと音を立てて開いてしまう。 何度か閉めるボタンを押すも、扉は途中でガタンと音を立てて開いてしまう…。 ゾクっと悪寒が走った。 これは、そう…、まるで誰かがエレベータの扉に手を当てて閉まるのを防いでるような…。 目に見えない何かが扉が閉まるのを妨害しているように感じた。 怖くなった私は焦るように閉めるボタンを何度も押した。 ガタンッ!ガタンッ!ガタンッ! 扉は途中で弾き返されるように何度も何度も開いてしまう。 それでも構わず私はボタンを押し続けた。 『駄目だ…、閉まりそうにない。』 諦めて非常ボタンを押そうと手を伸ばし掛けたその時… まるでそれを何者かが察知したかのようにスーっと扉が閉まった。 もうショッピングなどと言った気分でも無い。 私はもう帰ろうと思い、1階のボタンを押した。 その瞬間… 私の背後から 「4階に…お願い…します…」 と、か細い女性の声が聞こえた。 エレベータには私しか乗っていない…はずだ。 怖くて後ろを振り返れない…。 私が硬直していると… 「すみません…4階に…お願い…します」 と、また背後から女性の声が聞こえた。 さっきより少し大きな声で…。 私は勇気を振り絞って振り返った。 しかし、誰もいない… その代わり… 床には一束の長い黒髪が落ちていた…。 その黒髪がモソっと少し動いた気がした。 「チーン」 1階に着いてスーっと扉が開く。 私はエレベータから降りる間際に4階のボタンを押した。 すると、背後から 「ありがとうございます…」 と小さくか細い女性の声が聞こえた。 振り返ると一束の黒髪が地面に沈み込むように消えていった。 エレベータから降りた私はそのまま帰路に着いた。 もし、またエレベータの挙動がおかしくなるような事態に遭遇したら… そこが目的の階で無かろうと降りられる時に降りようと思う。 |