八王子城跡 其ノ四


この時点で私はこの小さな滝が例の滝だと言う確信は持てなかった。
しかし、ここは異様な程に寒く、そして悲しい感じがする場所だ。
姿無き者の声に導かれ行き着いたという経緯…
そしてこの異様なまでに寒く悲しい感覚…
この場所が何も無いと考える方が難しい。
場所:小さな滝


滝の横を見ると大きな岩盤が聳え立っている。
この岩盤の上から女性達が身を投じている姿が目に浮かんだ。
ああ、ここには随分昔は深い滝壺があったんだ…
今は水流の勢いも衰え、土砂で埋まってしまっているけど…
そう私は思った。
きっと、ここで彼女達は…。

探索後、ここが御主殿の滝で身を投じたと言われる滝である事が判明した。
場所:御主殿の滝


岩盤の反対は崩れそうな岩が積み重なっている。
岩に囲まれているからか、肌に感じる寒さからか…
ここはあまり気持ちの良い場所では無い。
私は急ぐように滝を後にした。
場所:御主殿の滝


立ち入り禁止の看板のところまで戻ってきた。
写真を見れば一目瞭然なのだが…
右の立て札に御主殿の滝と記されている。
こういった案内は敷地内にいくつもあって、最初の方では読んでいたが…
あまり面白く無いので途中から読まなくなっていた。
この立て札にはここで起きた悲しい出来事も記されている事だろう。
しかし、文面はかなり短く、出来事だけを述べた簡素な内容と予想できる。
彼女達の心境こそが大事だと思うのだが。
場所:立ち入り禁止の札


立て札のすぐ横には大きな墓標のような岩がある。
その横には腐食した卒塔婆が倒れている。
恐らく、これは無縁仏…、云わば慰霊碑みたいなものだろう。

後に、婦女子達の慰霊碑と判明。
これでは彼女達も供養するのに苦労するだろう…。
場所:慰霊碑


一通り見終わったと判断し、来た道を戻る事に。
穏やかな夜で風は殆ど吹いていなかった。
しかし、仕切りなしに林の闇の中からガサガサと草木が擦れる音が聞こえる。
私が歩くとガサガサと聞こえ、立ち止まると音が止む…。
その音はまるで私の後を付けて来ているかのようだった。
出口に近い最後の橋を越えるとピタリと止んだ。
場所:林の闇


出口に到着。
八王子城跡の探索を終了する。
探索時間は二時間ほどであった。
場所:入口広場




慰霊碑の有り方が気掛かりで仕方が無い。
削られた大きな岩に何か字が書かれていたようだが、色褪せて解読できない。
慰霊碑の周りは手入れされた様子も無く、腐食の進んだ卒塔婆が横に寝かされている。
一見しただけではこれが慰霊碑だという事に気付かない人も多いだろう。
彼女達が何を想い、短刀で自らの首を突き、滝に身を投じたのか…
この慰霊碑の有り方を見る限りでは、彼女達の心の内を理解して供養したとはとても考え難い。
この探索記の文頭でも述べたように、彼女達は愛する我が家族の事を想いその道を選んだのである。
恐らく多くの人は彼女達の死を戦で負けた者の末路といった安直な見解をされているのだろう。
今回の探索で私は御主殿跡を越えた辺りから滝に向かうまでの間、終始寒気と悲しみの念を感じていた。
しっかりと供養がされていれば、四百年の歳月を経た現代において、そのような感覚を覚えるだろうか。
古き物を残す事はけして悪い事では無いが、時と場合によりけりだろう。
彼女達の想いを継がずして、この無骨な慰霊碑を継ぐとは何事かと、憤りさえも感じる。
いつの日か、彼女達の念が浄化される日が来る事を願う。
そして彼女達の想いも語り継がれる事を…。



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